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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)166号 判決

控訴人 新井一久

控訴人 浜田豊二

右両名訴訟代理人弁護士 町田繁

被控訴人 阿部梅五郎

訴訟代理人弁護士 尾関正俊

主文

原判決を右のとおり変更する。

控訴人新井一久、同浜田豊二は、各自被控訴人に対し、金一二一万〇七四〇円及びこれに対する昭和四九年一一月八日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は四分し、その三を被控訴人の、その一を控訴人らの負担とする。この判決は被控訴人勝訴部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一申立

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

第二主張

一  請求原因

1  被控訴人は、昭和四九年一一月七日前橋、古河線を太田市方面から伊勢崎市方面に向けてバイク(第二種原動機付自転車、太田市そ第一六五号、以下「バイク」という。)で進行し、午前一一時三二分ころ太田市大字藤阿久九一八番地先交差点に差しかかった。同所は、前橋、古河線と太田バイパスが交わる三差路の交差点で、被控訴人は、右交差点を直進しようとしていたが、信号が赤であったため停止線の左端で信号待ちをしていた。被控訴人の前には車がなく、右側に信号待ちをしている車があり、その後に普通乗用車が続いて停止していたが、信号が青に変り、右側の車、乗用車が直進し、被控訴人は右二台に一呼吸おくれて発進し、乗用車の後を追うように直進したところ、被控訴人の右側から控訴人浜田運転の大型貨物自動車(群一一さ第一四一一号)がおおいかぶさるように左折してきて被控訴人に衝突し、同人は、路上に転倒し、長期の入院、大手術を要し、重要な後遺症の残る骨盤骨折、左大腿骨開放骨折、左下腿骨骨折、右大腿部挫創、尿道損傷等の重傷を負った。

2  控訴人浜田運転の貨物自動車は、前橋、古河線を太田市方面から西進し、本件交差点を太田バイパスに左折しようとしていたのであるが、信号待ちをしているとき、被控訴人の前に車両がなく、控訴人浜田運転の車両は被控訴人より後方にいたのであるから、同控訴人は被控訴人の動静に注意を払い、左側方の安全を確認してから左折しなければならないのに、これらの注意義務を怠り、漫然と左折したため本件事故が起きたものである。従って本件事故は同控訴人の過失によるものであり、また、控訴人新井は控訴人浜田運転の右貨物自動車の保有者であって、控訴人両名はいずれも右事故により生じた被控訴人の損害を賠償する責任がある。

3  被控訴人の損害

(一) 入院治療費 金一七七万五一二八円

被控訴人は、事故当日以降昭和五〇年一〇月五日まで太田病院に(三三三日)、同月七日以降同五一年二月二八日まで塩原温泉病院に(一四五日)入院、同年三月三日以降同月三一日まで太田病院に通院(実治療日数二四日)、同年四月一日以降同年五月一二日まで太田病院に(四二日)、同月一四日以降同年七月三一日まで沢渡病院に(七九日)入院したが、その入院、治療費(別紙「入院治療費明細」のとおり)。

(二) 逸失利益 金四六六万八四七二円

(1) 被控訴人は本件事故直前太竜建設株式会社に作業員として勤務し、平均一か月当り金六万九七八三円の収入をえていたが、本件事故のため、昭和四九年一一月八日以降同五一年七月末日まで勤務できず、計金一四四万九一六〇円の収入を失った。

(2) 被控訴人は昭和五一年七月末日退院したが、膝、足関節の抱縮、特に左側の藤、足関節の可動域制限、左下肢短縮があり、起坐、正坐、胡坐は不能、左片脚起立、歩行は困難、歩容は拙劣であり、第六級六号の後遺症がある。右後遺症による被控訴人の労働能力喪失率は七〇パーセントとみるべきであり、後遺症固定時の同人の年令は満六六才、平均余命は一二・七年、稼働年数は六・三五年(六年四か月)、右七六か月に対する新ホフマン係数六五・九〇四七であり、前記月収六万九七八三円であるから、これらによって算出すると同人の逸失利益は金三二一万九三一二円となる

(69,783円×70/100×65.9047=3,219,312円)。

(三) 付添費用 金六六万六〇〇〇円

入院中昭和四九年一一月七日以降同五〇年一〇月五日までの三三三日間は重症のため付添を要したが、一日当り付添費は金二〇〇〇円であるから、右金六六万六〇〇〇円となる。

(四) 入院中雑費 金二九万九五〇〇円

前記入院五九九日、一日当り金五〇〇円。

(五) 入、通院中の慰藉料 金一九〇万円

前述のとおり入院期間は五九九日(約二〇か月)であり、そのほか被控訴人は昭和五一年三月三日以降同月末日まで二九日間太田病院に通院した。右入、通院期間の慰藉料は金一九〇万円を下らない。

(六) 後遺症に対する慰藉料 金五〇〇万円

(七) 填補された損害額 金五九三万四七二〇円

被控訴人の損害に対し自賠責保険から、治療費関係分として金八〇万円、後遺症慰藉料分として金五〇〇万円計金五八〇万円が支払われ、控訴人浜田は金一三万四七二〇円を被控訴人に支払った。

(八) 右(一)ないし(六)の合計金一四三〇万九一〇〇円から(七)の金五九三万四七二〇円を控除すると金八三七万四三八〇円となる。

4  右金員中金五二二万四八五一円及び内金二五六万一五四五円に対する本件事故発生の翌日である昭和四九年一一月八日以降、内金二六六万三三〇六円に対する訴変更の申立書送達の日の翌日である昭和五一年九月一日以降完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否と控訴人らの主張

1  請求原因1の事実中被控訴人が、その主張の日時、その主張のようにバイクで進行し、本件交差点において、同交差点を太田バイパスに左折しようとしていた控訴人浜田運転の貨物自動車と衝突し、転倒したことは認めるが、その他の事実は争う。被控訴人は右衝突以前から身体に障害があり通院していた。

2  同2の事実中控訴人浜田運転の貨物自動車が被控訴人主張のように進行し、本件交差点を太田バイパスに左折するため信号待ちをし、左折を始めたことは認めるが、その余の事実は争う。

本件事故の発生につき控訴人浜田に過失はなく、右事故は被控訴人の自損行為である。すなわち、控訴人浜田運転の貨物自動車は、本件交差点の手前で先行トラック、乗用車に続いて信号待ちをしながら左折の合図を出し、先行車の発進に続いて徐行しながら左折を始めたところ、被控訴人運転のバイクは控訴人浜田運転の貨物自動車の後方から直進して交差点に突入して貨物自動車に衝突したのである。したがって、同控訴人には、民法七〇九条の過失もないし、自賠法三条但書にいう車両の運行に関する注意の懈怠もない。また、右貨物自動車に構造上の欠陥、機能上の障害はなかった。本件事故がもっぱら被控訴人の過失により発生したものであることは控訴人浜田が本件事故につき業務上過失傷害事件の被疑者として取調べを受けたが、過失なしとして昭和五一年三月三一日不起訴処分となったことによっても明らかである。

控訴人新井が右貨物自動車の保有者であることは否認する。同控訴人は、もと右車両を所有していたが、昭和四八年一〇月一日代金一〇〇万円でこれを控訴人浜田に売渡し、本件事故当時運行支配の事実は全くない。したがって、先に控訴人新井は右車両の保有者であることを自白したが、右自白は真実に反し錯誤によるものであるから撤回する。

3  被控訴人主張の同人の損害については争う。

三  被控訴人の主張

被控訴人は、本件事故前の昭和四九年一〇月一九日ころ、左足親指の先端を怪我したが、本件事故による傷害とは全く異なる軽微なものであり、本件事故の傷害による入院治療、後遺症と右足指の怪我とは関係ない。控訴人浜田の本件事故に関する業務上過失傷害被疑事件が不起訴処分となったことは認めるが、その理由は不知である。控訴人新井の貨物自動車の保有者であることについての自白の撤回には異議がある。

理由

一  昭和四九年一一月七日午前一一時半ころ、前橋、古河線と太田バイパスが交わる本件三差路交差点において、同所を伊勢崎市方面へ直進中の被控訴人運転のバイクと同所を右路線から太田バイパスに左折中の控訴人浜田運転の大型貨物自動車が衝突し、被控訴人がバイクともども路上に転倒したことは、当事者間に争いがない。

二  右一に記載した事実と《証拠省略》を総合すると、本件事故発生にいたる事実は次のとおりであると認められる。

被控訴人は、前橋、古河線を西へ直進するため、本件交差点の停止線手前の道路左端にバイクを停止して信号待ちをしていたが、その時、バイクの右側路上には訴外人運転の貨物自動車、乗用車、控訴人浜田運転の貨物自動車が右の順序で停止し信号待ちをしていた。信号が青になり、訴外人の貨物自動車が左折し、次いで乗用車が直進し、更に控訴人浜田が同時に発進、左折を始めたが、一方、被控訴人は、右乗用車の発進とともに発進し、直進を始め、やや道路中央寄りに進み、左折を始めていた控訴人浜田運転の貨物自動車の左前部にバイクを擦り、ついで同車の右前車輪とバイクとが衝突した。右事故は、控訴人浜田が左側に直進しようとしているバイクのあることを見落したまま左折を始めた過失と被控訴人が左折を始めつつあった貨物自動車の進行に注意を払わないで道路やや中央寄りに直進した両者の過失の競合によって発生したものであり、その過失割合は控訴人浜田六、被控訴人四と認めるのを相当とする。

《証拠省略》中右認定に抵触する部分は信用しがたく、控訴人浜田の右事故に関する業務上過失傷害被疑事件が不起訴処分になったことは右認定を左右するに足りず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

三  被控訴人の損害について判断する。

1  《証拠省略》によると、被控訴人は本件事故により骨盤骨折、左大腿骨開放骨折、左下腿骨骨折、右下腿骨開放骨折、右大腿部挫創、尿道損傷等の傷害を受け、昭和四九年一一月七日以降同五〇年一〇月五日まで太田病院に(三三三日)、同五〇年一〇月七日以降同五一年二月二八日まで塩原温泉病院に(一四五日)入院、同五一年三月三日以降同月末日まで太田病院に通院(実治療日数二四日)、同年四月一日以降五月一二日まで太田病院に(四二日)、同年五月一四日以降七月三一日まで沢渡病院に(七九日)入院して、治療を受け、その入院、治療費が金一七七万五一二八円であることが認められ、また、右事実によると、入院当初の三三三日間は付添を要し、その費用は一日当り金二〇〇〇円と見るのが相当であり、計金六六万六〇〇〇円であること、入院中の雑費は一日当り金五〇〇円と見るのが相当であり、計金二九万九五〇〇円となることが認められる。

2  被控訴人の逸失利益は次のとおりである。

(一)  《証拠省略》によると被控訴人は本件事故の直前太竜建設株式会社に作業員として勤務し、平均一か月当り金六万九七八三円の収入を得ていたことが認められるから、前述のように入院治療した昭和四九年一一月八日以降同五一年七月三一日までの間の右収入の喪失は金一四四万九一六〇円となる。

(二)  《証拠省略》によると、被控訴人は本件事故による傷害の後遺症があり、それは、後遺症の固定時である昭和五一年七月末日現在で、両側特に左側の膝及び足関節の可動域制限、約二センチメートルの左下肢短縮、左片脚起立困難、歩容拙劣、起坐、正坐、胡坐不能、歩行、疾走困難という状態であり、そのため同人はその後殆んど従前していた作業や農業が出来ず、少くとも稼働能力の七〇パーセントを喪失したこと、同人は明治四三年生れで後遺症固定時六六才であったこと等が認められる。そうすると平均余命約一二年半、稼働年数約六年四か月(七六か月)、そのホフマン係数は六五・九〇四七であるから次のとおり、将来の逸失利益は金三二一万九三一二円となる。

69,783円×0.7×65.9047=3,219,312円

3  慰藉料

(一)  入、通院期間中の慰藉料は、前述の被控訴人の受けた傷害の内容、程度、入、通院期間、その間の逸失利益等を総合すると金一五〇万円が相当と認められる。

(二)  後遺症に対する慰藉料は、前述の被控訴人の後遺症の内容、程度、逸失利益、同人の年令等を総合すると金三〇〇万円が相当と認められる。

四  右のとおり被控訴人の損害は計金一一九〇万九一〇〇円となるところ、前記過失割合被控訴人四、控訴人浜田六を勘案すると、被控訴人が同控訴人に請求しうる損害額は金七一四万五四六〇円となる。そして、《証拠省略》によると、本件事故に関し、自賠責保険から、治療費分として金八〇万円、後遺症慰藉料分として金五〇〇万円が被控訴人に支払われたことが認められ、控訴人浜田が金一三万四七二〇円を被控訴人に支払ったことは同人が自認するところであるから、これらを控除すると金一二一万〇七四〇円となる。

五  控訴人新井の責任について検討する。同控訴人は、先に、本件事故当時同控訴人が控訴人浜田運転の貨物自動車の保有者であることを認めたが、のち右自白を撤回し、事故以前の昭和四八年一〇月一日右車両を代金一〇〇万円で控訴人浜田に売渡し、その後控訴人新井は右車両を保有していない旨主張する。前掲控訴人浜田、同新井の供述の各一部及び乙第四号証の記載は、一見これにそうものであるが、右乙第四号証は、その用紙、記載内容に照らすと、これをもって直ちに右事実を肯認する証拠とすることができないし、また右控訴人らの各供述部分も、《証拠省略》により認められる、右車両は本件事故の前後を通じて控訴人新井の所有と登録されていた事実に徴すると、信を措きがたい。なお、控訴人らの供述の各一部によると、控訴人浜田は、以前から控訴人新井のため右車両を運転して土砂の運搬に従事していたのであるが、本件事故時の運行も右運搬のためであったことが認められ、これらの事実によると、右車両の本件運行につき控訴人新井に運行支配、運行利益があったといわざるをえない。従って、他に控訴人新井の前記自白が錯誤に基づいてなされたことを認めるに足りる相当の証拠のない本件においては、右自白の撤回も認められないというべきである。

よって、本件事故による被控訴人の損害につき控訴人新井もこれを賠償する義務がある。

六  以上のとおりであるから、被控訴人の請求中、控訴人らに対し各自金一二一万〇七四〇円及びこれに対する本件事故発生の翌日である昭和四九年一一月八日以降完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める部分を正当として認容し、その余を棄却することとし、原判決を右にそって変更し、民訴法九六条、八九条、同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川島一郎 裁判官 田尾桃二 裁判官小川克介は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 川島一郎)

〈以下省略〉

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